top地図北エリア地図南エリア探してみよう館長挨拶井原の歴史人物伝井原の歴史人物伝マンが井原昔ばなし井原の伝統芸能
トップ > 検索 > 一覧 > 稲本白鵞


いなもとはくが
稲本白鵞


 年代     1887 - 1920
 掲載ページ  61
 活躍分野   芸術家

 稲本白鵞は、稲本陽洲の長女として後月郡山野上村(現在の井原市野上町)生まれ、精徳尋常小学校を卒業後、父を頼って高梁へ行き、尋常小学校を出ただけであったが、順正高等女学校の編入試験に合格し、明治42年で女学校を卒業する。大正7年、福岡県朝倉高等女学校の教諭として赴任し、大正9年には山口県女子師範学校教諭となる。父と同じく書道に優れ、この時代の日本女流の三筆とまで謳われた。和歌においても歌集を発刊するなど、文才をもって父陽洲の志を継ぐ鬼才として広く世の人々から嘱望されていたが、病に倒れ、34歳の若さで亡くなる。