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ないとうちゅうしん(なかご)
内藤中心
【1740 - 1817】

●掲載ページ : 17

●活躍分野 : 学者

 内藤中心は、土佐藩士として高知に生まれた。土佐藩に仕えていたが、天明年間の末(1780年代後半)、脱藩し、小田郡烏頭村(現在の美星町烏頭)に移り住んだ。この地で30年間、歌学に励むかたわら、後進の指導に努め、門人の数は千人を超えたという。歌風は万葉調を重んじ、これを普及した功績は大きく、近世吉備歌壇史上特筆されるものがある。文化14年(1817)の当地で没し、その墓所の碑文は昌谷精渓よるものである。生前桜と古刀を愛し、涯号を桜の舎といい、歌集『桜の屋集』は後に門人が編んだものである。生涯の詠歌は実に4万を超えた。


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