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おがたけんどう
緒方研堂
【1814 - 1871】

●掲載ページ : 21

●活躍分野 : 医師

 緒方研堂は、後月郡簗瀬村(現在の井原市芳井町)に生まれ、はじめは大戸郁蔵といった。少年の頃、漢学者であり蘭学医の山鳴大年について漢学を学び、大年の勧めによって、江戸に出て、津山藩の儒学者昌(さか)谷(や)精渓(せいけい)の門人となって漢学を研究した。その後、誠軒坪井信道の塾に入り蘭学を研究し、誠軒の塾で足守の出身である緒方洪庵と出会い、洪庵に指導を受けた。
緒方洪庵が天保9年(1838)大阪で適塾を開業したことを聞いて、洪庵の所へ行き。そこで研堂は塾頭となり、蘭学や医学を研究する傍ら、門弟を教え、患者の治療の手助けをした。その後、研堂は洪庵と兄弟の約束を交わし義弟となり、緒方研堂と名乗った。
研堂は後に独笑軒という塾を大阪に開き、それ以来人々は洪庵の塾を北の緒方、研堂の塾を南の緒方と呼ぶようになった。明治2年(1868)明治新政府は大阪に病院を開くが、このとき研堂は少博士に招かれ、洋書の翻訳、教授及び治療に従事した。


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