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やましたしゅうどう
山下秋堂
【1864 - 1944】

●掲載ページ : 32

●活躍分野 : 教育者

 山下秋堂は、浅口郡六條院村(現在の浅口市鴨方町六條院)に生まれた。興譲館に入り、坂田警軒について、四書五経を学び、詩や文章を修めた。明治20年(1888)に師である坂田警軒が同志社に迎えられたので、そのあとをついで秋堂は弱冠24歳で興譲館の教授として招かれた。しかし、その後、すぐに秋堂は同志社に招かれ、奥田諫山に後のことを託し、教授として同志社へ赴任し約10年間教鞭をとった。
 明治33年(1900)、奥田諫山が亡くなったため秋堂は再び興譲館長として迎えられた。秋堂は、興譲館を中学校令による中学校として創設し、次いで商業学校も開設し、有能な人材を輩出した。
 また、興譲館を学校法人として組織し、図書館や武道場を新築して施設の充実に努め、これまでの体制を一新した。



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