トップ > 検索 > 一覧 > 阪谷芳郎
36 / 83


さかたによしろう
阪谷芳郎
【1863 - 1941】

●掲載ページ : 34

●活躍分野 : 政治家

 阪谷芳郎は、阪谷朗廬の四男として興譲館で生まれた。明治5年(1872)上京していた朗廬について一家をあげて東京に移ることになり、芳郎も東京へ移る。芳郎は11歳で箕作秋坪の三叉学舎に入門し、その後、東京英語学校(のちの東京大学予備門)、東京大学文学部で学び、大蔵省に務める。主計官、主計局調査課長を歴任し、会計法を起草した。
 また、明治23年(1890)の第1回国会召集では、新年度の歳入歳出の総予算を編成するという大任を果たした。同37年には大蔵次官となり、翌年の同37年には日露戦争の開始にともない、戦時財政確立の重任を担った。同39年には大蔵大臣となり、戦時公債の整理、産業資金の誘導など困難な局面の打開に手腕を振るった。同45年には東京市長に就任し、大正6年以降は3期にわたり貴族院議員に選ばれている


●関連情報