トップ > 検索 > 一覧 > 三村政太郎
44 / 83


みむらまさたろう
三村政太郎
【1848 - 1917】

●掲載ページ : 39

●活躍分野 : 政治家

 三村政太郎は、後月郡山野上村(現在の井原市野上町)に生まれる。家業の酒造業に励むかたわら自宅に塾を開いて多くの人に文字や漢学を教え、人々からは「先生」と尊敬されていた。明治9年、28歳の若さで副戸長になり、明治11年には戸長となり、その所管は西方・門田・木之子・東江原・神代・山野上の6か村にわたった。明治12年、政太郎が31歳のとき、初めて岡山県議会が開かれた際、坂田警軒とともに、後月郡から初代の県会議員に選出された。初期からの3回連続当選は、当時県内の他郡にはその例がなく、いかに人望が厚かったかがわかる。明治15年の大干ばつに見舞われ、政太郎は地域の農民の窮状を救うため私財を投じて救済に当たるとともに、西江原村の地主大山邦一と謀り、明治19年、池の用地を山野上村と青野村の境にある渓流の落ち合うところの口の淵に場所を定め溜池の計画を立てた。明治21年、着工し政太郎は自らその工事長となり、大山を庶務長に任命し、毎日握り飯を持って監督に通った。2年7ヶ月の歳月をかけ、明治24年、溜池は明治池と命名され、西江原町の才児・戸倉地域の水田面積は大幅に拡大された。


●関連情報